このブログは「主イエスが再び来られる、その日まで」に私達は何をすればよいのかをみなさんと共に考えていきたいと始めたブログです。
当然ながらやるべきことは、
マルコによる福音書 13:10しかし、まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない。
特にこのクリスマスの時期、教会として個人として絶好の機会であることは言うまでもありません。
たったの一度のチャンスだったかもしれない伝道の機会を、自分の未熟な対応のために失敗してもう二度と耳を貸さなくなってしまう、救いの道をふさいでしまうかもしれない。
その緊張感と責任を持ってしっかり準備を整えて取り組まなければならないと思います。
それには、まずは人から信頼される魅力ある人格を身に着けていく必要があるのではないでしょうか。
そのために何よりも聖書、御言葉に熱心に取り組むことですよね。
テモテへの手紙二 3:16 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。
しかしながら、神の働きは人の業によって成されるものではないということも忘れてはいけない。
マルコによる福音書 13:11引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。
決して高ぶらず、謙遜な姿勢と熱心な祈りによって聖霊の導きに従っていきたいですね。
ですから、
ゼカリヤ書 4:6 彼は答えて、わたしに言った。 「これがゼルバベルに向けられた主の言葉である。 武力によらず、権力によらず ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。
救いは神の恵みでありますが、その働きは人を通して神が働かれる。
ですからその働きにふさわしい器として準備する必要がある。
これが私たちに課せられた最善を尽くすということではないかと思います。
愛する天のお父様
私達をイエスの証人として大切な任務を
任せてくださりありがとうございます
どうか未熟な私達を御言葉でもって整えてください
日々の訓練によって磨きあげてください
非の打ちどころのない人格を身に着けて
その任務にあたるものと作り替えてください
すべての人が救われることを願う
神の御心が成りますように
感謝して主イエスの御名で祈ります アーメン